OGRE YOU ASSHOLE

どうしてだろう。いつからだろう。ここはどこだろう。
OGRE YOU ASSHOLEの新作『新しい人』は、一曲一曲できるごとにバンドのマインドをリセットし、
でき上がったはずのフォーマットを忘れたようにして
次の曲を作っていく作業が積み重なったアルバムだと出戸学に聞いた。
だから音色もスタイルもバラバラなのだと。
だけど、僕にはこの『新しい人』はトータル・アルバムみたいにも聴こえる。
「どうしてだろう。いつからだろう。ここはどこだろう」を、いつも問い返すという感覚は、
朝、目が覚めた瞬間にも似ている。すべてを覆い隠す夜ではなく、
まる見えなのにわからない朝を彼らはとらえようとしているのかもしれない。
 「NO」「NO」「NO」でも、「更新」「更新」「更新」でもない。
まぶしい光の中で消えてゆく愛おしさや悲しさみたいな記憶のシミに、
「どうしてだろう。いつからだろう。ここはどこだろう」と手を伸ばす。
ただそれだけの繰り返しが、そのままの純度で音楽になって滲み出ている。
そしてただそれだけのことが本当に稀有で、
彼らがどうしようもないくらい現代のバンドであることを思い知らされるのだ。

松永良平(リズム&ペンシル)

2019.09.04 RELEASE
DDCB-19005 ¥2,700(税別) / Label:花瓶
  • 1.新しい人
  • 2.
  • 3.さわれないのに
  • 4.過去と未来だけ
  • 5.ありがとう
  • 6.わかってないことがない
  • 7.自分ですか?
  • 8.本当みたい
  • 9.動物的/人間的(Album Ver.)
CD特典
タワーレコード
オリジナル特典ステッカー
サポート店(HMV、ディスクユニオン等)
特典ステッカー
ディスクユニオン
新しい人Tシャツ付きセット3,900円(税込) サイズS・M・L
※バックプリントになります
※店舗によっては特典が付かない場合がございますので、特典希望のお客様は予め購入予定の店舗へご確認下さい。
※特典はなくなり次第終了となります。

さわれないのに | me and your shadow (Official Music Video)

OGRE YOU ASSHOLE『新しい人』release tour Trailer

OGRE YOU ASSHOLE『新しい人』Album digest

OGRE YOU ASSHOLE『新しい人』 発売記念イベント『RECORD YOU ASSHOLE』
メンバーセレクトのレコード試聴会&トークイベント(&サイン会)

2019.09.20(Fri)

タワーレコード新宿店 10Fイベントスペース

[参加方法]
タワーレコード新宿店、渋谷店、池袋店、秋葉原店、横浜ビブレ店にて2019年9月4日発売『新しい人』をお買い上げいただいた方に先着順でサイン会参加券を差し上げます。
サイン会参加券をお持ちの方は『RECORD YOU ASSHOLE』終了後のサイン会にご参加いただけます。※サインはCDにさせて頂きますので、当日忘れずにお持ち下さい。

OGRE YOU ASSHOLE
『新しい人』release tour

2019.09.29(Sun)

松本 Alecx

OPEN 18:00/START 18:30 前売¥3900 当日¥4400
2019.10.06(Sun)

大阪 umeda TRAD

OPEN 17:15/START 18:00 前売¥3900 当日¥4400
2019.10.12(Sat)

INSA 福岡

OPEN 18:30/START 19:00 前売¥3900 当日¥4400
2019.10.22(Tue)

名古屋 CLUB QUATTRO

OPEN 17:00/START 18:00 前売¥3900 当日¥4400
2019.10.26(Sat)

札幌ベッシーホール

OPEN 18:00/START 18:30 前売¥3900 当日¥4400
2019.11.04(Mon)

港区EX THEATER ROPPONGI

OPEN 17:00/START 18:00 前売¥4200 (1Fスタンディング) ¥4700 (スタンド指定席)

出戸 学 Spotify Playlist

INTERVIEW

『新しい人』メンバー個別 INTERVIEW:出戸 学

前作『ハンドルを放す前に』から約3年での新作です。

出戸 いつもは2年に1枚のペースで出してきたんですけど、今回は気づいたらもう2年経ってて。いつもの2年よりは早く過ぎた感じでした。ライヴの本数も多かったかな。忙しくしてた気はします。

逆に、それまで2年のペースを守っていたのは意図的に?

出戸 そうですね。なんとなくですがそこは決めておかないとずるずるといつまでも作んない気がしてたんですけど、今回はその締め切りを守れなかった(笑)。急がなくていいと思ってた訳じゃないんですけど、また同じことを繰り返しそうな気がしてるタイミングだったからいろんなこと考えていたらあっという間に時間が経っていました。『ハンドルを放す前に』は初のセルフ・プロデュース作という変化ではあったんですけど、三部作(『homely』『100年後』『ペーパークラフト』)で学んだことの集大成というところも少しあったので、次は何か新鮮に思えることができればな、と思ってました。今まではコンセプトを決めて全体を考えながら全曲同時にレコーディングの作業を進めていきましたが、今回はコンセプトを決めず一曲一曲仕上げていきました。普通の作り方といえば普通の作り方なんですが、長い間そうしたことをやってこなかったので新鮮でした。結果、全体像としては思いもよらないアルバムになりました。

その中では、去年のシングル「動物的/人間的」(2018年11月)は、かなり劇的なサウンドで、あの時点ではサウンド面での次を示した曲なのかなとも思えてました。

出戸 シングル・ヴァージョンはアレンジがしっかりとされていて華やかな感じでしたよね。あの感じでアルバム全体を作っていくことも出来たと思いますが、次の曲を作るときには一度全て忘れてまたイチから作っていきました。そういう一曲一曲が積み重なってこのアルバムになってる感じなんです。全体像としてどういうものが立ち現れているのかはまだ自分でもはっきりつかめてないけど、何か共通した肌触りみたいなものはあるのかな。一曲ごとの細部については説明できるけど全体としてはどんな言葉がバシッとハマるのかはまだわかりません。

そういう作業のなかで、アルバムの先行シングルとして8月7日にリリースした「さわれないのに」は、「動物的/人間的」のときとは違って、明らかにアルバムのリードトラックとしてのアウトプットですよね。

出戸 「動物的/人間的」のサウンドとは全然違いますよね。ジャンルもカラーも曲の持ってる性質も。……本当に全然違う(笑)

「さわれないのに」の歌詞ができたことで他の曲の言葉も誘い出されてきたという部分はあるんじゃないかと思うんですが。

出戸 そうですね。今回、歌詞についていえば、今までよりも「物」が出てこないです。出てくるのは「サイドミラー」とかくらいですかね。いつもはもうちょっと具体的な物を描写して、それが何かの比喩になっていたり、ある雰囲気を伝えていたと思うんですが、今回は極度に物が少ない。その代わりに物と物の関係や状態だけを抜き出して、骨組みだけを取り出して書いてみました。その感じは「さわれないのに」で発見したやり方だと思います。

サウンドは一曲一曲かなり違ってますけど、歌詞に耳を澄ませて聴くと、言葉としてはこれはまた別の意味でのトータル・アルバムなんじゃないかとも思えたんです。特にタイトル曲でもある「新しい人」は、どういう意味かを考えて何度も聴きました。

出戸 あの曲ができたときに、なぜか直感的に「これがアルバム・タイトル曲になるだろうな」と思いましたね。

「新しい人」を言葉の通りに受け取ると「自分を更新した」とか「常識を変える人が出てきた」みたいにも受け取れますけど、このアルバムではその逆で、「理解できない人」が出てくるのを見たとか、自分がその「理解できない人」に変容してしまうとか、そういう漠然とした不安をもっと大きく感じさせられたんです。それで、そういう不安な状態に自分がなるのって1日のいつだろうって考えたら、実は夜よりも朝で、トラックリスト見たら2曲目が「朝」だった。これはもしかしてトータル性? みたいな(笑)。でも、本当にそこからするすると歌われている言葉がつながっていったんですよね。

出戸 「新しい人」については、今松永さんが言った後者のほうの感覚に近くて。新しい人っていうのは僕らが理想とする人でもあるんですが、理解はできないって感じです。歌詞を書き終えてから、何年か前に読んだミシェル・ウエルベックの小説『素粒子』を思い出して。この感覚は『素粒子』から来たのかもって思ったんです。最近また読み返したんですが。簡単にいうと、その小説の9割では現代社会で生きることの苦悩や苦労が書いてあるんですけど、最後の1割で「新しい人」みたいな存在が出てくるんです。そして、実はその人の視点で現代社会が語られてたことがわかる構成になっていて。その新しい人は完璧な存在で「昔の人はこういうことで苦しんでたよな。今、僕ら新しい人の世界ではそんな苦しみはない」みたいな感じで、そういう世界では真実も美もあんまり追求されなくなっているんですね。その理由が「僕らにはもう虚栄心がないから」みたいな(笑)。そういった感じを妄想しながら聴いてもらえると良いかもしれません(笑)。

もちろん、「新しい人」は神の視線を自分も持ちたい曲でもない。むしろ伝わってくる感覚は逆で、完璧であるがゆえの不穏さですよね。

出戸 SFみたいな話だけど、そういうものに向かっていきそうな雰囲気も今の時代はあるし、そうしたことが達成したときには僕らは置いてかれてるだろうなという感情もある。それって、何ていう感情なんですかね? さみしさとか、むなしさとか、なのかなあ。でもなんとなくポジティブな感じもする。この曲で歌われている「新しい人」というのは、僕らが悲しんだり怒ったりしてることはほんのりとしかわかってない。その人たちは確かに苦痛もなく、僕らが憧れてるような存在でもあるのかもしれないけど、今の価値観とは乖離した考え方を持った存在にもなっていて。僕らが今普通に大事だと思ってるものは消え去ってる世界を生きてる人というイメージです。実際に時代や場所によって大事だと思われてるものって違うじゃないですか。自由とか平等とか普通に大切だと思うような考え方は何百年前には今みたいにはなかっただろうし、いずれ今の考え方も未来には消えて僕らが考えもつかない考え方が、今の自由とか平等みたいな感じで大事な物になっていくんだろうなとも思う。そういうときに歌ってる音楽はどんなものなのかな、という感じが曲に出てますね。

今しゃべってもらったことはすごく明確でわかりやすいです。

出戸 ものの考え方で世界が変わっていくんだなと思うし、結局そこから「自分って何だろう?」と考えていく。自分の問題意識として、今そういうところに興味があるんです。

「さわれないのに」にも顕著ですけど、「触れる」とか「所有する」みたいなこともこの先無価値になっていくのかも、とは僕も思いますしね。音楽作品が配信になって、見れるし聴けるけど、さわりたいし所有したいから「フィジカルを出す」っていう。盤としての物をフィジカルっていうようになったのはここ数年だと思うんですけど、ふと「フィジカルってどういういみだ?」ってときどき我に返るんですよ。そういう肉体や精神の「ある/なし」みたいな感覚についてはこれまでもオウガは扱ってきたと思うんですけど、言葉としては今回のアルバムがいちばんそれを顕著に感じてます。

出戸 アルバム全体としてはよくわかってないところもあるんですが、一曲一曲の歌詞は、わりと説明できるんです。一曲一曲テーマがあって自問自答してる感じで作ってるので。たとえば、「わかってないことがない」はわりとアルバムの前半でできた曲なんですけど、曲調としてはポップで多幸感があるような感じなんですけど、そこに「わかってないことがない」という言葉の持つちょっと怖い感じを入れたかった。今、ネットでAIにおすすめをされて、おすすめされたものをそのまま買ったりするじゃないですか、それって心地よくて楽だし便利だけど、このままこの機能が発達すると自分より自分の好きなものや買うべきものがわかってるようになると思うとちょっと怖い。そういう感じを歌や曲の心地よさと歌詞の一見耳障りの良い言葉を使っていても、よく聴いてみるとなんか変だし、ちょっと不気味な感じで表現することで、ちょうど的を得た感じにできたかなとは思いますね。

そういう漠然と感じていた不安が、もはや漠然ではなく、現代のスピードに追い越されてまる見えになっているという感覚もないですか?

出戸 このまま突き進んで行ったら自分たちは取り残されて「新しい人」たちの時代になる。人類の絶滅の仕方は案外そういうものになるんじゃないかと妄想することはあります。

さっき、僕は新作を聴いて「朝」って曲に反応したと言いましたけど、そういう意味だと最近、僕は夜よりも朝のほうがいろんな怖さを感じるんですよね。起き抜けで自分の感覚がはっきりしない時間帯が実は不思議だし怖い。これまでは、ロックも含めたサイケデリックな表現って主に夜を描いていて、見えない闇のなかにいることのほうが「恐怖」や「不安」を担ってたと思うんですよ。自分が誰か、相手が誰かもわからない認知の消失みたいな感覚も感じやすいし。でも、今は大きな災害があって一夜明けて明るくなった後に被害がまる見えになる怖さとかがある。高齢化社会になって、目の前にいる人がわからなくなってく感じとも通じてるというか。

出戸 そうですね。感覚が鈍って認知できなくなって全てが曖昧になってく夜の感覚というより、今回は感覚がどんどん研ぎ澄まされていくことで目の前にある当たり前だと思ってたことが「そもそも何だっけ?」となる感じがアルバムを通してあるんです。例えば「なんでこの紙切れをお金として受け取るんだっけ?」とか、「自分の意識って何であるんだっけ?」とか考えれば考えるほどわからなくなっていく。当たり前のことをわざわざ考えてみて、だんだん不安になってくるという感覚。

それがやっぱり「真っ暗闇」というより、今回の新作は「明け方」感として思えるんですよ。朝起きてすぐの、目にしてるものが一瞬わからない感じ。

出戸 自分の部屋なのに「ここ、どこだっけ?」みたいな感覚ですよね。当たり前だと思っていたことが一旦リセットされて新鮮に思いながら不安な感じ。

アルバムのサウンド面の話をすると、確かに曲ごとの印象は違うんですけど、それについて「こう変えたんだな」と思う必要があんまりないんですよね。逆にいうと、ライヴで変わっていっていいという感覚が、オウガというバンドの核になったとも思えるし。だから、アルバムでは「これが何なのか?」みたいな感覚を問いながら音や言葉をそれに近づけるということが徹底されていいというか。

出戸 今回のアルバムだけを聴くと、もう「バンド」じゃないですね。形態とかジャンルも含めて、ひとつの決まったかたちは無しで考えたので。これまでドラムの音色やチューニングはアルバム一枚である程度統一してたんですけど、今回はそれもバラバラです。そういった縛りがないので、曲ごとに「これが何なのか?」を徹底できました。

三部作の時は「このバンドで作る音」という感覚がアルバムにもありますよね。

出戸 そうですね。今聴くと「ロックバンド」って感じがします。前回のアルバムも作っているときも似たような感想はありましたが、今回はさらにそれがなくなってきてる。なぜそうしたくなっていくのか自分でもよくわかってないんです。そういうバンドって他にありますか?

ライヴではバンドだけど、アルバムでは1人、もしくは2人くらいが音をすべて作ってる、みたいなパターンは今はよくありますよね。でもそれって中心にいる作り手の意図や個性はむしろ際立つわけで、今しゃべってるようなこととはわりと離れてる気がする。オウガは4人が有機的に関与しながらも、作品では音像としてのバンド感を消失させてるという感覚ですもんね。だけど、出戸くんと馬渕くんの宅録で完結するわけではないという選択をしてる。そこにディストピア的な景色を表現していても、生身の人間による表現という抵抗を一種の希望として残せてるのかもしれないです。

出戸 今回のアルバムは抽象的で落とし所も微妙なところを狙っていたので、音も言葉も少しの質感の違いで違った意味合いに聞こえたり、わかりやすいイメージに引き寄せられそうになったのでそこは気をつけました。例えば虚無感みたいなところに吸い込まれそうになるところで踏みとどまって、かといって真逆にある全能感とか、世界と一体化するみたいな気分ともちょっと離れて、両方の引力に対して抵抗していようとしてる感じはあります。

そう考えるとシングルで出した「動物的/人間的」はサウンドこそアルバムとは違っていたけど、やはり起点になる曲だったんですね。

出戸 一番最初に出来た曲なんですが、オウガには珍しく満ち足りたフィーリングの曲なんです。シングルを作った後に聞いた話なんですけど、虚無感って時間に対する考え方からくるものらしくて、今の人にとっての時間は直線状になっていて、過去の方にも未来の方にも無限に伸びてると考えていて、自分が生きているのはその点でしかないという認識から虚無感が生まれるそうなんです。だけど、昔の人の時間にはそういうとらえ方はなくて、円環状で常に神話的な時間と今が共存してるみたいな感覚。そうするとそこに虚無感は生まれないらしいです。だから虚無感って現代特有の時間に対する考え方からくる病なんだなということを聞いて面白いなと。そういう事とも「動物的/人間的」は僕のなかでリンクしていて、このアルバムの中でも唯一手放しでポジティブな感じの曲です。

だから、アルバムの最後にこの曲はなくちゃいけない。実は、答えから先にできてたという。歌詞もアルバムのなかに当てはめて読むとすごく暗示的ですよね。

出戸 そうですね。でもアレンジを変えた事によってこの曲の意味も変わったと思ってます。

インタビュー・テキスト・編集:松永良平(リズム&ペンシル)